父から姉妹へ。相続した土地を未来のカタチに変える山田社長の仕事 : 密着取材Day1-1 岩崎町-前編

8月23日朝、8時10分。ここはJR横須賀線の保土ヶ谷駅前北口のロータリー。

たくさんの人が行き交う朝の通勤時間帯、未だに身体全体を包み込むような暑さのなか、待ち合わせの方はやってきました。

zoomで一度ご挨拶をしただけで、実際にお会いするのは初めて。

グレーのワゴンから降りて来て、小さく手を振りながら私に向かって笑いかけてきたのはジーンズにTシャツ、少し浅黒い顔に上だけフレームの眼鏡をかけた男性でした。

一般的な「社長」というフレーズからイメージする出で立ちとはやや違う感じがします。

その会社は建築会社であり、設計会社でもあり不動産会社でもあると言う。

何かひとつ、多くてもふたつくらいのお題目を持つ会社の社長さんならお会いしたこともありますが、みっつとなると初めてです。

社員はこちらの社長さんのほかお二人だけという、最小ミニマム構成の会社。

「おいしいおうち」とネットで検索するとトップに出てくるこの会社の名前は、「株式会社 創喜」です。

昨今、カタカナや英語等の名前の会社であふれているなか、その対極にあるひらがなと漢字で自己表現したこの会社の社長 山田昇平さんが、今日から2日間私が密着取材をする方です。

「今日はよろしくお願いします。気軽に、今日は全部『素』で話していいよ。ざっくばらんに行きましょう!」

山田社長にお会いして最初にかけられた言葉です。久々に耳にした、「ざっくばらん」という言葉……!

1つ目の現場は

車に乗って5分ほど。あっという間に到着したのは、今日が「棟上げ」という日を迎える建築現場でした。

(棟上げを控えた、まだ骨組みのない建築現場)
棟上げを控えた、まだ骨組みのない建築現場

ちなみに、今まで私が取材で関わってきたのは、飲食のお店やお店を経営する方ばかり。

そんな私がいきなりの建築現場。綺麗で清潔なお店でスマホ片手にお話しを、といういつもの雰囲気ではないのです。

「作る」という作業をする仕事場には幾度も足を運んできた私ですが、今まで見てきたどの仕事場で作るものよりも大きく、その現場になる場所の空は高かったのです。

当然、私自身が住む家はあります。

賃貸ですが当たり前に玄関があり、キッチンもあります。ベッドルームもダイニングも……

皆さんも同じく、住む家があるのは「当たり前」のこと。しかし、その家が柱から組み立てられていく様をこんな間近で見たことのある人は何人いるのでしょう。

実際に家を買った人なら、今私が見ている景色は見たことのある風景なのでしょうか。

山田社長の車から降りて作業現場に足を踏み入れたあと、ただただそんなことを考えながら見入ってしまった自分がいました。

地続きの土地に二世帯住宅と共同住宅が同時に進む

密着の最初に案内されたのは、横浜市保土ヶ谷区岩崎町という住宅地。

足場に囲まれたスペースには「ここに家が建つんだろう」と思われる土台があり、その上にはすでに無数の木材が敷き詰められていました。

炎天下のなか、数人の職人さんがその木材を次から次へと立てていきます。

作業前、ヒノキの柱が並んでいる状態

「ここはね、お父さんから姉妹が相続で受け継いだ土地なんです。」

山田社長が横でそう教えてくれました。

地続きの全景。写真は取材前に撮影されたもの

もともと築100年近い家が建っていたそうですが、昨年お父さんが他界されたことで姉妹が相続。

山田社長は、その前から来たるべきそのときに備えて相談を受けていたようです。

よく見ると地続きでその奥にある敷地に、すでに外観までできあがっている建物が見えます。

地続きの敷地に建てられた共同住宅

ここも亡くなられたお父さんが「将来アパートでも建てればいい」と子どもたちに残していかれた土地。

ひとつなぎの大きな敷地に、姉妹が暮らす「二世帯住宅」と資産運用として活用する「共同住宅」。山田社長はこの二つの建築計画を同時に進められていました。

木材は国産ヒノキ。素材と作り方にこだわり、物語を作る

山田社長が私に言います。

「今のこの状態、覚えておいてください。たった一日でガイコツ状態まで完成するんですよ。」

まだ何も形になっていないように見えるこの現場が、わずか一日で「家」と呼べる姿になるなんて、正直想像がつきません。

信じていない私の様子を見て、山田社長は笑みを浮かべていました。

「本当に1日で建つの?って。みんなにびっくりされるんです。」

その言葉通り、大工さんたちが木を組み始めると、現場の景色がどんどん変わっていきます。

職人さんの手によって骨組みが建てられていく現場

驚くほどの速さで骨組み作業を進める職人さんたち


目の前で木が組み上がっていくスピードに、少しずつその言葉の意味が現実味を帯びてきました……。

作業の音と掛け声が飛び交い、ほぼ平面だった材木の山が立体的な家の形に変わっていく様子に圧倒されました。

この現場で採用されているのは、「在来工法」と呼ばれる建て方。

これを聞いてまず驚いたのは、「家の建て方にも種類がある」ということでした。


正直、そこまで考えたこともなかったのです……。

それまで「家が建つ=どこも同じ」くらいに思っていた私にとって、この話も新鮮でした。

この現場で使われる木材のうち、柱と土台に使われるのは国産のヒノキの無垢材。湿度に強く耐久性が高いヒノキは、日本の家づくりを古くから支えてきたそうです。

ここ数十年、国内の木造建築で使われる木材は外材がほとんどと言われています。それも「集成材」と言う加工された材料が主流になっていると聞きました。

そんな中、国産ヒノキの無垢材を使っているのは山田社長のこだわりのようです。

建築の世界では、こうした選択の積み重ねが「その人の家」をつくっていくんだと気づかされました。

そんなヒノキをよく見ると、一本一本にお施主さんの名前が書かれていました。

施主さんの名前が入った柱

「実はここにもこだわりがあってね。骨組みで使う柱はすべてお施主さんの名前を入れているんです。まあ家が完成したら見えなくなっちゃうんだけど(笑)。」

山田社長はそう言って笑います。

見えなくても、そこには確かに住む人の名前が残る。その小さな工夫に、家づくりを単なる作業ではなく「物語」として考える山田社長の姿勢を感じました。

多くの木材が骨組みされていく

昔ながらの知恵と大工さんの技で組み上げる

こんなにたくさんの木材があって、どこにどう組み込むのか混乱しないのかな……。

そう思っていると、「材料をよく見てみてください。各々文字が書いてあるんです。」と山田社長。

記号で管理された木材

その言葉通り、主要な木材をよく見ると「と7」「ち8」といった記号が書かれていました。

これは「いろはにほへと」と数字を組み合わせて、どの部材をどこに組むかを管理する昔ながらの方法だそうです。


こうした昔ながらの方法と職人さんの技が組み合わさって、少しずつ家の形が見えてきました。

今回取材したこの戸建ては、200㎡を超える大きさです。


とにかく大きな家になりそう……!と圧倒されていると、「僕もこんなに大きい家は初めてなんですよ。」と山田社長にとっても未知のスケールであることを教えてくれました。

規模が大きな家は、いつも以上に棟上げを担う大工の連携が重要だそう。

大工さんは棟梁とその仲間たちで構成された計7人のチーム。

この棟上げの日だけはこうして数人の大工さんで骨組みを組み上げますが、この先は棟梁が一人で「家」を作っていくと聞き、ここでもまたびっくりです。

様々な職人さんが協力し、完成を目指す家作り

隣接地では共同住宅の建設も進行中。


二世帯住宅より工事が早く進んでいて、すでに6月には上棟を終えていたそうです。

施工が進む、共同住宅の通路

室内に入ってみると、大工さんとはあきらかに違う職人さんが2人、もくもくと作業をされています。

共同住宅の室内で複数の職人さんにより作業が進行

なんだかバラバラになったパーツみたいなものが散乱している風景。

「これ、ユニットバスを組み立てているんだよ。」と山田社長。

いつも入っているお風呂って、こんな風にバラバラになって入ってくるんだ……と、ここでもまたびっくりです。

ユニットバスを組み立てている職人さん

初めての建築現場レポートであるにもかかわらず、戸建てとアパートの建築が少し時間をずらして進んでいることで、異なる風景を見せてくれています。

その情報量を整理することで頭がいっぱいになっている私のそばで、山田社長は何度も現場を確認しながら、資材や工程を一つひとつ丁寧にチェックしていました。

自らの足で進捗具合や問題がないかを確認しに行く山田社長

午前中に大きな骨組みが立ち上がるのを見届けたあと、私たちは次の現場へ向かうことに。


向かった先は、鶴見区・生麦。

そこでは「世代交代」を背景にした新しいアパート建設が進んでいると聞き、どんな風景が待っているのか期待と少しの緊張を抱えて車に乗り込みました。