取材・記事:ローカルパワーエンジン株式会社 有山
岩崎町で上棟中の現場を見届けたあと、私は山田社長とその相方の池崎さんと一緒に車に乗り込み、次の現場へ。
向かったのは横浜市鶴見区生麦という名の街。
この日は、完成した共同住宅をお施主さんへ引き渡す日とのこと。
さっきまでいた岩崎町では共同住宅が建築中でしたが、今回は引き渡しです。
建築会社さんとお施主さんとの間で行われる「引き渡し」に立ち会うのは当然初めて。何が行われるのか、想像もつきません。
なんとなく完成を祝う日なのかな……くらいの理解のまま、山田社長について行きました。
お施主さんの初めての共同住宅の引き渡し
「ここが次の現場です。」
山田社長がそう教えてくれた場所は、昭和初期から建っているんじゃないかなと思われるような古い建物と、それとは対照的に20階建てくらいの新築マンションが立ち並ぶ、古さと新しさが混じり合った街でした。
舗装されていない路地を少し入ったところに見えてきた真新しい真っ白な建物が今回のお引渡し現場のよう。周りの建物とのギャップがよりこの建物を目立たせています。

私たちが現場に到着したのとほとんど同じタイミングで若い男性から声がかかりました。
「今日はよろしくお願いします!」
この建物のお施主さん、いわゆる賃貸住宅のオーナーさんです。
山田社長に笑顔で声をかけながらも、どこか緊張した様子。
聞いたところ、今歩いてきた道路を含めこのあたり一帯はお施主さんの家系が代々守り続けてきた土地とのこと。
その敷地を利用して「借地権」という形で使ってもらったり、今回のように賃貸住宅を建てたりして、「資産運用」をしてこられたようです。
山田社長は10年以上前からお施主さんのお父さんからここ一帯の土地の活用で相談を受け、そのお手伝いをされてきたそうです。
その相談は建築だけでなく、分筆や測量など登記に関わること、借地権の売買、老朽化した建物の解体から給排水設備の清掃まで多岐にわたっていたとのことでした。
そんなお父さんから「そろそろ息子にも経験させようと思って」と相談があって完成したのが今回の共同住宅。
来るべき代替わりの時に備えて、その役割を息子さんに繋いでいくための第一歩の意味合いも含まれているようです。
だからお施主さんにとってはご自身の名義で初めて建てた共同住宅であり、長くご両親が守ってきた土地を、初めて自分の手で受け継ぐ日でもあるのです。
山田社長から聞いた話は今までの私にとってあまり馴染みのない「地主さん」という立場の方の世界の話。
「守る」という言葉には人それぞれのいろんな背景があると思うけど、代々受け継がれてきた土地を「守る」というのは、その立場の人しか背負えない独特の大変さがあるなあと、初めて感じた話でした。

白い外壁の建物は4世帯が暮らせる共同住宅で、1階に2戸、2階に2戸。
A、B、C、Dと表示された各号室に分かれており、この日の引き渡しは1階のB号室を利用しておこなわれました。
共同住宅はすべて1LDKですが、間取りはそれぞれ少しずつ違うとのこと。
共同住宅は全部同じ間取りだと思っていた私にとって、すべての部屋のつくりが違うのは新鮮でした。

今回の共同住宅のプランを描いたのは、山田社長の相方である池崎さん。
普段、池崎さんは現場用の施工図面を仕上げたり、建物仕様や色合い、デザイン面での決め事を仕切っていらっしゃるとのこと。
だけど今回のプランは初めて池崎さんがゼロから描き上げたものらしいです。
山田社長曰く、「同じ条件でも、描く人が違うと全然違う家になるんですよ」とのことですが、よくよく考えたらいったい一人で何役こなしてるんだ?…と思わず考えてしまいます。
ただ、住宅の建築ではたくさんの方が関わるために、情報の共有不足でトラブルになることが多いと聞いたことがあります。大変かもしれませんが、創喜さんでは一人で何役もこなすため、そういったトラブルとは無縁かもしれませんね。
書類の説明は丁寧に、ひとつずつ
玄関を開けると、いかにも新築といういい匂いがふわっと広がります。
当たり前ですが壁も床も新しく、明るい色味のフローリングに窓からの日差しが反射していました。

山田社長とお施主さんが軽い雑談をしていると、「こんにちは〜」と玄関から声がして、女性の方が入ってこられました。お施主さんのお母さまです。
山田社長が「いよいよですね」と声をかけると、「まぁまぁ、いつもお世話になってます」と笑顔で返すお母さま。
ふたりのやり取りから、長い信頼関係が感じ取れました。
でき上がったばかりの家。
机もなければ椅子もないので、まっさらな部屋の中央にお施主さんと池崎さんが向かい合って座ります。
そして山田社長は少し後ろで見守るように立っています。

池崎さんが袋から書類を取り出し床の上に複数のファイルを広げ説明を始めます。
「ここにサインをお願いします」「こちらは保証書になります」
池崎さんが穏やかな声で工事内容や設備の使い方、管理方法、これからの手続きなどを一つずつ丁寧に説明しながら、手際よくページをめくります。

お施主さんはうなずきながら、一枚ずつ確かめていました。
そんな中、玄関のほうから「こんにちは!」という声。
お施主さんがこの共同住宅の入居者募集を依頼している不動産会社の担当の方が到着したようです。
山田社長も顔見知りのようで「どうも、今日は暑い」と声をかけると、担当の方も笑顔で「本当ですね、外にいるだけで汗が出ます」と返し、場の空気が一気にやわらぎました。
今後の建物管理もこの方が行われるらしく、お施主さんと池崎さんとの間に加わり再び引き渡し時の説明は進みます。

ときおり専門的な言葉が飛び交いながら、それぞれが確認し合う時間です。
一見、単純な事務作業にも見えますが、家を建てた人にとっては今日が正式なはじまりの日なんだと感じます。
私は、初めて見る引き渡し現場の風景に少し驚きました。
賃貸で暮らす私にとって、引き渡しというと、部屋の鍵をもらうくらいのシンプルなものだと思っていましたから。
でも今、目の当たりにしている共同住宅の引き渡しは、予想に反して時間をかけて丁寧に進められています。
お施主さんの大切な財産である共同住宅を丁寧に長く活用してほしい、そんな山田社長と池崎さんの想いを感じる時間です。
書面の言葉が一つずつ現実になっていくようで、B号室の空気が少しずつ「誰かが暮らす部屋」へ切り替わっていく感じがしました。
「建てる」は完成ではなく、暮らしが始まること
一通りの説明が終わると、不動産会社の方が笑顔で口を開きます。
「実は、すでに一部屋契約が決まりました!」
その瞬間、部屋の空気がふっと明るくなりました。
お施主さんが照れたように笑い、お母さまが小さく頷きます。
自然と拍手が起こり、私も思わず一緒に拍手!
山田社長も笑いながら手を叩き、私に言いました。
「よかった。これでようやく『この仕事が成就した』って言えるんです。」
山田社長にとってその仕事が終わったと思える時は「建物を完成させて引き渡した時」ではなく、例えばお施主さんがそこに住むのであれば実際に「その暮らしが始まった時」、今回のように資産活用であれば賃借人が決まり「建物の活用が始まった時」とのことです。
「ここは貸すための家だから、借りる人が決まった時にようやくお施主さんが自分に依頼してくれた仕事が『成就した』ことになる。その日が来るまではなんか『仕事が一区切りついた』って気がしないんです。」
みんなの拍手は、建物の完成だけでなく、これからこの建物で始まる新しい暮らしを祝う拍手でした。
「終わりではなく、始まり」の引き渡し
すべての確認作業が終わり、鍵の受け渡しがおこなわれました。
引き渡しを終えて外に出ると、山田社長が私に教えてくれました。
「この建物の名前、CLOVER(クローバー)生麦っていうんですよ。お施主さん自身がすごく時間をかけて決められたんです。」

自分で建てる家に自分で名前をつける。
そこには新しい責任と誇りがあると感じました。
今日ここで、お父さんから息子さんへバトンが渡されたのだと思います。
「自分たちは、家を建てるというより、お施主さんの想いをカタチにするお手伝いをしているだけなんです。」
山田社長からその言葉を聞いて、建築の仕事は作るよりも支えることが大きいのだと改めて感じました。
少し歩きながら、山田社長がぽつりとつぶやきました。
「建てた家が、誰かの生活の一部になっていくのを見るのが一番嬉しいんです。」
その横顔は、安堵と達成感が入り混じった、やわらかな表情でした。
引き渡しを無事に終えて、私たちは同時進行しているもう一棟の共同住宅へと歩き出しました。
次に訪れるのは、山田社長が図面を担当した建物です。
どんな違いがあるのか、そして世代交代という言葉がどんな形で浮かび上がるのか。
私はまた新しい発見への期待を抱いて、現場へ向かいました。










